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川辺町長 佐藤光宏

プロフィール

氏名 佐藤 光宏
生年月日 昭和31年11月25日
公選職歴 平成11年9月1日・・・・川辺町議会議員
平成13年3月22日・・・辞職
平成13年5月20日・・・川辺町長
趣味 カラオケ・ゴルフ・早朝ソフトボール
キャッチフレーズ 「美しく輝く 水辺と心を育むまち」
好きな食べ物 カレーライス・かつ丼

メッセージ

川辺町は、町域の約七割を山林が占め、町の中央を南北に飛騨川が流れる山と水の町です。名づけて「水と緑のオープンスペースかわべ」。

まちづくりの核となるダム湖の右岸側周辺整備も完了し、周辺一帯の散策道や、公園などでは多くの人が余暇を楽しんでいます。また、ダム湖はボート競技に絶好の自然条件を備えており、日本中の愛好家からその名を知られています。また、41.18平方キロメートルの町域には、由緒ある神社をはじめ古代文化を今に伝える史跡が数多く残っています。

これらの史跡と各地域、そして川を有機的に結びつけて、町内外を問わず多くの人々が一日楽しく遊べるような場を提供していきたいと考えています。そして、町内のみなさんには常にゆっくりとくつろげる憩いの場を、一方町外から来た人には「もう一度行ってみたい」と思わせる場を提供し、その多くがリピーターになってくださることを願っています。

町長のコラム ~ from the Mayor’Desk ~


~from the Mayor’s Desk~




町長の机から 第202回 (2018年10月号)




 




8.17豪雨災害




 昭和43年8.17豪雨災害から今年で50年目を迎えます。8.17豪雨災害といっても、子どもたちの多くは知らないことと思います。104名の死者を出した飛騨川バス転落事故というと、思い出す方もいることでしょう。川辺町での被害も大きく、家屋全壊22戸、半壊20戸、床上浸水134戸、被害総額は当時の貨幣価値で4億5,000万円に達するものでした。




 昭和43年(1968年)、台風7号から伸びた前線の活動が活発化し、8月17日朝からにわか雨が降っていました。その活動は最盛期となり雷を伴った雨は20時頃から18日早朝にかけて激しく降り、集中豪雨となりました。短時間に多量の雨を降らせ、山くずれ、がけくずれ、家屋の浸水、家屋の流失などが各地に発生しました。特に、加茂郡白川町国道41号線で、観光バス2台が土砂に流され、飛騨川に転落水没し、104名の乗客が犠牲となりました。死者・行方不明者合わせて118名の大災害となったのです。




 50年前と比べて、現在は地球温暖化の影響によるものか、災害が発生しやすい環境にあるといえるでしょう。そしてその災害も、大雨災害だけでなく、迫り来る南海トラフ大地震など、地震災害への備えも必要です。8月25日には、中央公民館で川辺町防災フェアの講演会が開催され、「自宅と地域で始める 地震災害と大雨災害への備え」と題して、岐阜大学 地域減災研究センター特任准教授 村岡治道先生にご講演いただきました。




 私たちは将来起こるかもしれない災害に備えるとともに、「想定外」の事態に備えた災害対策を考える必要があります。しかし、地震や洪水など、不測の事態に備える災害対策は、行政だけではできません。「家庭」「地域」「行政」それぞれできることは限られていますが、力を合わせることで防災力は強化されます。日頃から家庭や地域でも防災意識を高め、自助・共助・公助のバランスのとれた防災対策を整えることが重要です。「天災は忘れたころにやってくる」と言われるように、いざという時に迅速に対応できるよう、みんなで防災について考えてみましょう。




川辺町長 佐藤光宏

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